ピンクボンゴ、、、 18

 

 

最初から 順調に船出したわけでは ありませんでした。

 

2001年の 7月 くらいから 毎月 1〜2回 位の ペースで ライブハウスをブッキングしたのですが 

 

俺たちゃなぁ、、、、、、 ピンクボンゴって言うんだ

 

力は有るんだが いまいち 人気が無いんだよ、、、、、、、、、、、、

 

と ピンクボンゴです!    の曲中の ゲタ夫さんのセリフを 考えついたのも この頃の経験からでした。

 

ある日の 渋谷 セルリアン東急ホテルにある

 

ライブハウス で 開演前に 全然 お客さんが来ません!

 

もう一部のステージを 始めなくてはいけない時間です!

 

お客さん   2人 です、、、、、、

 

ボクの 当時の弟子の八木さん

 

大路さんの 弟子のナントカさん

 

、、、、、、、、、、、、、、、、、、

 

ダダダタ ダダタタ ダダトタトタァ〜 ♫

 

ピンクボンゴのテーマ です

 

お客さんが少なくても 一生懸命にテナーを吹く

 

大路さん!

 

そうだ! よし! やるぞー!

 

付いて行きますよ!

 

と心の中で 叫び声を あげるように!

 

愛機 デアンジエリコを 弾きます!

 

ゲタ夫さんも 白いベビーベースを かきむしるように 弾いています、、、、、、、、、

 

大路さんは ライブの前の 告知を 一生懸命やっていました

 

毎回 faxを100人 近く送っていたようでした。

 

当時は とにかく 何かあると 必ず faxが

 

来るのです。

 

ライブの前は 電話機の前に 陣取って 何枚も何枚も 手書きの告知を 送っていたようです

 

本当に 努力を厭わない人 でした

 

いまどき のように クリック 一つで 何万人でも 同じものが 送れる 時代では無いのです。

 

大変な 事 だったと思います。

 

ファン 知り合い 一人一人に fax するのです

 

大路さん 本当に ご苦労様でした

 

お疲れ様でしたね

 

頑張ったね

 

有難うございました!

 

、、、、、、、、、、、、、、、

 

続く、、、

 

 

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