ええ~、毎度おなじみチリ紙交換です…
2杯目のコーヒーを入れてきた、彼女はテーブルに座るまもなく、話し始めました……。
"日本に帰ってから、一週間もしないうちに、彼から電話があって、喜んで会いに行ったわ" と言いながらも、彼女の顔は見る見るうちに、寂しそうに陰っていきました。
"別れよう…っていうのよ。これから本格的に恋が始まると思っていた私は、ビックリして聞いたの、何故! どうして! って"
"彼には妻子がいたのよ!" もう泣きそうでした。
「じゃあ、別れたんですか?」 と聞くと
"いいえ、別れなかったわ、もう、すごく好きになっていたし、それに…" といって口ごもってしまいました、
「それに、なんですか?」 もうこの辺まで来ると僕も人事ではないような気になっていました。
"私、初めてだったの……"
深い沈黙が流れました。
これ以上深入りして話を聞いてもしょうがないかなと思う気持ちも半分あって、仕事に戻ろうと立ち上がろうとしたら、
"お腹すいてない? 目玉焼きでも食べる?……"
自炊していましたから、目玉焼きならいつもつくっていたし、手軽に作れることも知っていました。そんな、気軽さから
「すこし、空いています」 と遠慮しないでいいました。
なにより、茶碗蒸しとか、卵焼きとか大好きなんです。スキヤキの時なんかは、最初から卵、2コ入れて、お肉や、野菜をつけて食べるくらいですから。
彼女は、イソイソと台所に立ち、目玉焼きとトーストを焼き始めました。僕はその間、することもなく、何気なく部屋を見回してみました……。
8畳位のリビングには、アップライトのピアノ、チョット小さめのソファー、テレビ、等、綺麗に整頓されていました。
少し見える向こう側の寝室には大きな三面鏡があり、僕の 'ええ~~毎度おなじみちり紙交換です……' というアナウンスで飛び起きたかのように、ベッドが乱れているのが見えます。
いま少し前にあわてておきて、ちり紙交換屋に新聞を出すにしては、おかしいぞ!と思いました。
それにしては、新聞が少なすぎる!
なにかべつの理由があるに違いない
ナンナンダ! オカシイゾ! ……
僕が何か別の理由があるに違いないと考え込んでいる間に
目の前には美味しそうな目玉焼き(卵2個)、それにはハムまで添えてありました。
そして美味しそうな色に焼けたトースト2枚が用意されました。それを見た途端に とりあえず考えるのは後回しにして
先ずはいただきましょう、と思いました。
「美味しいです」 と感想を述べると彼女は嬉しそうに にこっと白い歯を覗かせました。
う、美しい……!
そう心の中で思っていると彼女はまた話し始めました。
"あなたの邪魔はしないし家にも絶対電話しないし、あなたの好きな時に会いに来てくれればいいから、お願い、別れないでって言ったの" と僕に同意を求めるような感じで言いました。
僕は 「恋愛をスタートさせる条件としては不公平じゃないですか?」 と問いただすように言いました。
すると彼女は
"しょうがないじゃないの好きなんだから…。
好きになったらもう終わりなのよ……"
これ以上僕は自分の意見を言う気になれなくて沈黙していると 、彼女は続けて言いました。
"最初のうちは楽しかったわ。一週間のうち2, 3回は仕事が終わる時刻になると私に会いに来てくれた…… 。
でも夜1時頃にはいつも彼は自分の家に帰って行くの……。
それは最初の約束だから、と自分に言い聞かせて平気だった。
そういう生活が半年も過ぎた頃、私の中で少しずつ変化が起きていたの。
大学の友達とも少しずつ疎遠になっていったの。だって、いつ彼が来るか解からないから、友達と約束した日でも彼から電話があって (今から行くよ) と言われると、友達との約束を断ってしまっていたの。
そういうことが何回もあると、友達は少しずつ私から遠ざかって行ってしまった"
そこまで一気に言うと、彼女は寂しそうに笑った。
35, 6年前と言えば、まだ、コンビニも携帯電話も無かった時代です……。
突然部屋中に電話のベルが鳴り響きました。
り~~~~ん、り~~~~~ん!
部屋の空気が一変した感じがしました。
腕時計を見ると、もう5時でした。
瞬間的に僕は「どうもご馳走様でした!」と言って
5,6 キロの新聞紙の束を小脇に抱えて車に戻りました。
会社に戻り 「先輩! 今日、○○町の××マンションの2階に不思議な女の人がいましたよ」と、さっきの出来事をかいつまんで説明すると、 'おお! その話、前にも聞いたことがあるよ' と振り返り指差し、'ほら、あいつも宮崎君と同じこと言ってたよ'
と言いました。
僕は驚いて、「え!! ほんとですか?」
と言い、その人の所に歩み寄り、さっきの出来事を説明し始めると、その人は
'ヨーロッパだろ!? ナポリで知り合ったんだろ?
それで、自分は初めてだったって言うんだろ?
俺も行ったことあるよ。他にもいたような気がするなあ…。
チリ紙交換屋は手軽に部屋に呼び込むことが出来るし、時間もあるから話し相手になってくれるんだよ。
俺たちの間で、彼女のことなんて呼んでいるか知ってる? 宮崎君…'
「いいえ、知りません」 というとその彼は言いました。
『東京で一番淋しい女』 ………………
<○月○日 の項 終わり>