ええ~、毎度おなじみチリ紙交換です…

二日目の出勤です。
朝8時半ごろ会社に行き、小さなトラックをレンタルし、チリ紙やトイレットペーパーを買い込み、ああ、それから新聞を縛る紐の束も必要です。
さ、いよいよ出発だ!  ソレイケ ごーごー! 
と気分は明るく前向きでした。
大学1年の冬休みに北海道で免許を取って以来、日常的に 東京で車に乗ることが無かったので、トラックとはいえ 運転することは楽しいことでした。
荻窪の会社からスタートして青梅街道を上っていきました。
新宿はまだ恐いので中野あたりから左に回り山手通り、そして早稲田通りに入り気がついたら石神井公園のほうまで行っていました。 
天気はいいし、気分は最高でしたね。 とても楽しいドライブっていう感じでしょうか。
そうこうして走っているうちに少しお腹がすいてきたので、この辺でお昼休みにしようと食堂に入り、大好きなカツどんを食べたように記憶しています。
さ、また仕事だ、と思いながら車に乗り込みドライブを続けました。
   
しかし…待てよ……。
新聞が全然集まってないな…どうしたんだろう? 
なぜだ? 
ああ、そうだ!
 

僕は幹線道路ばかり走っていて、しかも、まだ一度も例の「ええ~毎度おなじみチリ紙交換でございます……」 って言っていないじゃないか! と気がつきました。
その時点でもう既に2時か3時頃になっていました。だいたい5時頃には会社に戻らなければいけません。
しかし、トラックに備え付けてあるマイクで 「ええ~毎度おなじみ…」なんて、とても恥ずかしくて言えない自分がそこにいました……。 

冷静になって、昨日の見習いの日のことを振り返ってみました。先輩は、僕のことをきずかいながらも、たしかに、"ええ~毎度おなじみチリ紙交換です。 古新聞、古雑誌ございましたら、お知らせ下さい。 ちり紙、トイレットペーパーと交換いたします" …と何度もマイクで言っていた。
   
そうだ、マイクで放送しないと、全てが始まらない……。
それに、あまりスピードも出していなかったし、広い道はほとんど走っていなかった……。
新聞を集めてきて、縛って会社に持って帰ればよいと簡単に考えていて、あまり深く考えていなかった…。

若い時の未熟な自分がいました……。

まずトラックを広い道からわき道に入り、小さな公園のような原っぱのような場所に止めました。 
そして、まず、マイクを使わず、小さな声で言ってみました。
"ええ~毎度…" それだけでも狭い車内で大きく響き、自分が恥ずかしくなってしまいました。

それでも、気を取り直して "ええ~、毎度おなじみちり紙交換です…"と何度も練習を繰り返しました。基礎練習はお手の物です。
しかし、自分にとって少しも、'おなじみ' でないところが辛いところでした。それでも、これを通過しないことには、何も始まらないと心底思い知らされていたので、ある意味 真剣です。
ようし! なんとか言えるぞ! 次はマイクで言えるようにしよう! 

マイクを左手に持ち、"エエマイド" といって、運転席のシートにパッと身を伏せます。そして恐る恐る、誰かに聞かれたのではないかと思いながら、ゆっくり運転席のフロントガラスごしに辺りを見回しました。
ようし! いいぞ! 誰にもきずかれなかったみたいだ! 少し間をおいて"オナジミ チリガミコウカン デス" と一気に言って、また、パッと身を伏せます。そして先程と同じように、ゆっくりあたりを注意深く見回します。 

これらの行為を何度か繰り返しているうちに、自分が思っているほど、回りの人々が自分のこの行為に関心がないことにきずきました。 
な~んだ、誰も見ていないよ、と少し安心と落ち着きが戻ってきて、マイクを握りながらフロントガラスから目だけのぞかせながら、"ええ~毎度おなじみちり紙交換です……" といいながら辺りを見回す余裕も出てきました。
そうこうしている内に、これじゃだめじゃん! キズイテもらわなくちゃいけないんじゃなかったっけ……!

ここまでに、軽く2時間は過ぎていましたね……。 これは21歳半ばの僕の実話です。
                                   (続く)

 

 

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