師匠・高柳 昌行さんとの思い出 29

「これが、ケニー バレルのぶん・・・」

と言って また かばんから さっきと同じ分量くらいの 譜面の束を 取り出して

「これが、ウェス モンゴメリーのぶん」

と言いました。

 

そして また かばんから 同じ分量くらいの 譜面の束を取り出して

「これが、ジム ホールのぶん」と言い

上目づかいに ちらっ と 僕のほうを 見ました。

 

その顔は 遠慮がちではあるが 誇らしげに 勝利を宣言しているかのようでした。

 

なんと そして さらに また同じ分量くらいの 譜面の束を かばんから 取り出して

「これが、バーニー ケッセルのぶん」

そして さらに 

「これが、 ジョー パスのぶん」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

開いた口が ふさがらないとは こういうときの事を 言うのでしょうか。

 

僕の 5倍くらいの量の 譜面の束でした。

 

 

 

 

高柳さんは 「コピーに関しては 一人のミュージシャンについて デビューから

10年 おきくらいに LP3枚くらいやれば、そのミュージシャに ついては 完璧に

把握する事ができる。人によっては 1枚くらいで 充分なやつも いるけどな・・・・」

と 言っていました。

 

そして 「その ミュージシャンが 今 どんな気持ちで そして どんな顔をして 弾いているか

笑っているのか 顔をゆがめているのか 歯を食いしばっているのか 

という事まで 想像できるくらいに ならなくては いけない。」

ということも 言っていました。

 

 

 

「ジャズ は 個性的な音楽だから オリジナリティー を大切にしろ。」

と 口を 酸っぱくして 言われていたので

僕は コピーはするのですが それを 何度も 弾く練習は しませんでした。

何故なら その人に 似てしまうからです。

 

向井くんも そう思っていたようでした・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

今になって 思うのですが ある意味、 ジャズ という音楽は

口伝芸術 とでも いうのでしょうか。

やはり すぐれた アドリブを そっくりそのまま 自分の中に 取り入れる作業は

必須だろうと 思います。

 

 

向井くんは 僕の 5倍の分量の コピーの譜面の束を 見せましたが

結局 それを 弾きこなさなければ 自分の 音楽の 財産には ならないのです。

 

僕も 全く そうでした。

              

 

 

 

 

 

 

しかし 若いときの 僕たちは それに 気がつきませんでした。

あまりにも高柳さんの存在が 大きくて 疑問を はさむ 余地も なかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・